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痛風 薬やめたい
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「痛風の薬を一生、飲み続けなさい」

 

な〜んてことを医師に言われてしまうと、なんだか
ガックリしてしまいますよね。

 

もっと他に言い方、というものがあるでしょう、みたいな感じ。

 

 

通風 尿酸値

 

 

医師というものは、患者の病気を治すのが仕事ですが、
また、同時に患者の不安を取り除いたり、励ましたり(?)
患者が少しでも良い状態になるよう努力してくれるような
存在であって欲しいものです。

 

まあ、理想論ですけど。

 

そんなイチイチ、患者のことなんか考えてられるか、とか
怒られそうですけど。

 

でも、患者の立場からすると、病院の先生というのは、
やっぱり頼りにしているわけですから、
その先生に「痛風の薬を一生飲め」とか言われてしまうと、
なんだかなあ・・・という感じになってしまいそう。

 

 

これね。
さっき、医師は「病気を治すのが仕事」とか言いましたが、
本当は、これは綺麗ごとであって、
医師に「痛風は治せない」のですよ。

 

 

痛風は生まれつきの体質(代謝)の病気なので、
薬を飲んだって完治しないのです。

 

ですが、尿酸値を下げる薬(尿酸降下薬)を処方して、
患者の尿酸値を下げることは可能。

 

ところが、この尿酸値を下げる薬というのは、
フェブリクでもザイロリックでもそうですが、
一度飲んだら、ず〜っと一生涯、尿酸値が下がったままなのではなく、
飲めば尿酸値が下がりますが、飲むのを中断すると、
たちまち、元の水準、つまり、高い尿酸値に戻ってしまうのです。

 

じゃあ、絶望か・・というと、そんなことはなく、
見方を変えれば「尿酸値を下げる薬を飲んでいる限り」
尿酸値は低いまま、ということになります。

 

痛風発作も、さようなら・・と。

 

 

(尿酸値を下げる薬を飲み始めて、最初の半年間くらいは、
尿酸値が下がることによって、
体内に溜まっている尿酸結晶が溶け出したりするので、
かえって、痛風発作が頻発する場合があります。
でも、薬を飲み続けていると、やがて痛風は出なくなります)

 

 

 

だからね。
その効果・・というか、ずっと尿酸値を低い水準に保ち続けるため、
「痛風の薬を一生、飲み続けなさい」となるわけで。

 

 

通風 薬やめたい

 

 

理論の上では正しいのですが、やっぱり
患者だって人間ですからね。
もうちょっと言い方を考えて欲しいですね。

 

相手の気持ちがわかる医師なら、そんな
無粋な言い方はしないでしょう。

 

 

こういう言い方をされると、
絶望・・というと、なんか大げさですけど、
「ああ、オレは一生、薬漬けかぁ」と
なんとも言えない気持ちになります。

 

(個人差あり。まったく平気な人もいるでしょうし)

 

 

薬を飲まないほうが、本当は体のためには良いのですが、
痛風になりやすい体質に生まれたがために、
一生、痛風発作に苦しみ続けることに。

 

薬を飲むか、飲まないか。

 

 

それを決めるのは、病院や医師だ、と勘違いしやすいですが、
本当は「決めるのは自分」なんですよ。

 

医師が「痛風の薬を一生飲め」と言われようが、
どうしようが、それを受け入れるかどうか、
最終的な決断は自分がするので。

 

 

ですので、本来、病院や医師、というものは、
病気を治療する「助け」をする、という感じかもしれませんね。

 

どんなに良い薬を処方してもらっても、
それを飲まなきゃ、薬の効果は ないわけですから。

 

 

通風 薬一生飲む

 

 

で・・・普通はね。
一般的には、医師は、こう言います。

 

あ。
患者に「痛風の薬は一生飲み続けなきゃならないんですか」
と訊かれたときの話ね。

 

 

「尿酸値を下げる薬は飲むのを止めると、
尿酸値は元の高い数値に戻ってしまいます。
ですから、尿酸値を低くし続けるためには、
尿酸値を下げる薬を飲み続けなければなりません。
しかしながら、“生活習慣の改善の努力”することによって、
『尿酸値を下げる薬をやめることができた方もおられます』

と、ね。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

この“生活習慣の改善の努力”というのは、
厳しい食事制限、いわゆる、プリン体の多い食品の徹底排除だったり、
禁酒だったり、継続的な運動、肥満解消とか、
節制といえば、聞こえがいいですが、修羅のような
厳しい「生活習慣の改善」なんですよ。

 

世の中に「やりたいこと」と「やりたくないこと」があるとしたら、
その「やりたいこと」を全部我慢して、「やりたくないこと」を
ひたすら実行しなさい、と。

 

・・・・それが「生活習慣の改善」なんですよ。

 

 

それでも、まあ、半年くらいなら、なんとかなるかもしれません。
それを一生涯、続けるんですよ。

 

 

そりゃあ、世の中、広いですから、本当に
これらのことが実行できる鉄の意思の持ち主もいるでしょう。

 

でも、それって、どうなの?

 

ひょっとして、1万人に1人くらいしか、いないんじゃないの?
(知らんけど。そんな気がする)

 

 

病院の先生はね。
そんなこと、百も承知なんですよ。
たくさんの患者を診てきて、そんなことができる人は
非常に稀有であることくらい、わかっているんですよ。

 

 

でも、言わない。
なんでか。

 

それは
「患者にも“気持ち”というものがあるから」

 

 

「痛風の薬を一生飲め」
と言われた患者の気持ちがどんな気持ちになるのか。
少しでも、わかるから。

 

だから、少しだけでも含みを持った言い方をする。
少しでも希望があるような言い方をする。

 

「生活習慣の改善」とやら、をすれば、
いつかは薬が止められるのね、と。

 

 

本当はね。
医師は、わかっているのですよ。

 

たぶん、たいていの人は、そんなこと、できないって。

 

だから、半分、口から出かかった言葉、
「痛風の薬を一生飲め」という言葉は言わずに飲み込む。

 

なんでかっていうと、患者の気持ちを
慮って(おもんぱかって)のこと。

 

 

 

ところがね。
中には、そんなことは何も気にせず、面と向かって
ばぁ〜〜〜ん、と言ってしまう医師もいるのですよ。

 

 

 

「痛風の薬を一生、飲みなさい」

 

 

・・ってね。

 

 

 

 

━・‥…━・‥…━・‥…━
ねこきち 痛風
http://gout.tokyo/

 

 

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